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米国カリフォルニアのソフトウェアエンジニアがIT・自転車・音楽・天体写真・語学などについて書く予定。

アメリカ英語の発音ノウハウ (2) ~ 舌のホームポジション

 

イントロに続いては3つのノウハウのうち最重要項目、舌のホームポジションの話をします。

言葉をしゃべっているとき、無意識に舌はある所定の位置を基準に動き、しゃべるのを休んでいる間はその所定の位置に戻っていきます。タイプライターにおける手のホームポジション(左右人差し指をfとjに置く)と似たようなものです。これを舌のホームポジションと呼んでみましょう。

我々日本語スピーカーの舌のホームポジションをよく見てみると、これが実は結構高い位置にあることがわかります。人によって個人差はあるのだと思いますが、私の場合、口蓋(口腔の上の面)すれすれか、上歯茎のあたりに触れていることも多いです。

これが英語スピーカーの場合は全然違う位置になります。下図のように舌の奥が下がっており、口を開けたらのどちんこが見えるくらいです(日本語の場合は舌が邪魔で見えません)。この位置を基準に舌を動かせることが重要です。

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試しに鏡を使いながら、舌の奥を低く低く、口を軽く開けたらのどちんこが見えるところまで下げてみましょう。感覚的には舌の中央にくぼみを作るような感じで下に下げ、それに従って自然と舌の奥が下がり、舌先がちょっと上を向くようなかたちになるかと思います。日本人は普段こんな動きはしないので、かなり意識して舌全体を動かす必要があるはずで、大きな違和感を感じるでしょう。「鳩になった気分(笑)」と言った人もいますが、そのくらい変な感覚になっても全然おかしくありません。

驚くなかれ、この奇妙な位置が英語の舌のホームポジションなのでです。英語をしゃべるときの舌の動きは、この位置に始まりこの位置に終わります。「この位置が自然に取れるようになるまでしっかり練習しなさい」とオリジナルの資料には書いてあったので、みなさんも頑張ってみてください。自分なりの自然なやり方、力の抜き方が見つかればしめたものです。

さて、この英語モードのホームポジションに舌を持ってこれたなら、その形を保ったまま声帯を振わせて声を出してみましょう。舌を下げること以外に余計な力は入れないでくださいね。アともウとも似つかない音にさらに濁点を打ったような音が出ましたか?

はい、それが発音記号[ə]の音そのものです。おめでとうございます!

[ə]は日本人の苦手な音と言われますが、そりゃ舌の位置と動きの体系が根本的に違うのを無視して「力を抜いて発音する曖昧なア」なんて教えてできるわけがないのです。逆に、ひとたび舌のホームポジションが取れてしまえば最も簡単な音と言えます。

このホームポジションから変化をつけて、別の母音をやってみましょう。ひとつ注意は、舌の動きに意識を集中し、口の周りの力はなるべく抜き、「アの口のかたち」「イの口のかたち」といった口のかたちを意識的に作ろうとしないでください(理由は2つ目のノウハウのときに詳しく説明したいと思います)。

  • butやhutに出て来る[ʌ]は、「喉の奥から短く発音するア」みたいに教わった人が多いと思いますが、実は単に[ə]にアクセントを置いたバージョンです。少しだけ口を開くのですが、まあそれは強く声を出すついでに自然になるくらいでいいと思います。
  • ホームポジションから舌を前進させて、口からちょっとはみ出すところまで行ってみてください。小さい「あかんべぇ」みたいな感じです。その状態でやはり声帯を振わせて声を出してみてください。はい、それが[æ]です。「エとアの中間」なんて不自然な教わり方をしていたかもしれませんが、ただホームポジションから舌を前進させればよいのです。
  • [i]や[e]は、日本語も英語も同じように舌を高い位置に盛り上げて出す音なのですが、英語の場合、ホームポジションが低いものだから日本語ほど高く上がり切りません。なので英語の[e]は日本語のエよりアに近いし、[i]は日本語のイよりエに近い音になります。ただ長母音の[i:]は日本語のイに非常に近いのですが、これは滞空時間が長い=舌を上げ切ってしっかり発音するから、と理解できます。このように低いホームポジションを基準とした舌の動きを意識すれば、ネイティブスピーカーの音に近づけることができると思います。
  • これまた日本人は苦手とされる子音の[l] (いわゆるエル)ですが、ホームポジションから舌先をちょっとだけ上の方に動かして、上歯茎の裏側をぎゅうっと力を込めて押しながら声を出してみてください。ウに濁点を打ったような音が出たら、はい、それでできてます。これも[ə]と同様、日本語ホームポジションからでは無理があるけど、英語ホームポジションを覚えてしまえば自然に出る(苦手になどなり得ない)音です。

どうですかね。この低い舌のホームポジションアメリカ英語独特の喉の奥で作られる共鳴の基礎となり、これまたアメリカ英語独特の[r]など舌の奥を大きく動かして作る音の基礎となります(後者については3つ目のノウハウで詳しく説明します)。

共鳴の仕方が変わるのには気づきましたか?しゃべり方の個人差はあるかと思いますが、日本語をしゃべるときには主に口先の方で声を共鳴させ、喉は必ずしも使わないかと思いますが、舌のホームポジションを低くすると喉が開くので、必然的に共鳴が喉の奥の方で作られることになります。アメリカ人の声ってでけーよなと思っていた人は、あれは別に彼らの体格がいいからではなく(いやそれも少しはあるかもしれませんが)、こういった発音の仕組み上、共鳴の深いよく響く音が必然的に出ているわけです。

実際、英語の音声認識ソフトウェアを使っていると、ちゃんと喉で共鳴を作っているかどうかで認識率が大きく変わることがありました。Microsoft HoloLensにボイスコマンド "Select" を認識させるのに、「どこまで日本語っぽい発音で認識してくれるか?」をいろいろ実験してみたのですが、意外なことに、この共鳴の位置がけっこう効くことがわかりました。日本人がアクセントやリズムを頑張って真似して "Select" を言っても、この舌を下げて共鳴を喉で作るやり方を知らないと、いくら頑張っても認識率があまり上がらず、「あれーおっかしいなー」となってしまうことになります。

では次回、顔の筋肉の使い方の違いに続く。