へっぽこ天体写真のアップグレード (その2)
その1の続き。今回はマウント、レンズ、フィルターまで。
マウント: Orion SkyView Pro から SkyWatcher HEQ5 Pro へ
「へっぽこ天体写真のススメ」で筆者は軽量マウント Orion SkyView Pro (SkyWatcher EQ5 Pro 相当; 以下便宜上EQ5と呼ぶ)を紹介し、へっぽこに最適と絶賛していたのだが、これをついにひとつ上のモデル SkyWatcher HEQ5 Pro にアップグレードしてしまった。
HEQ5はマウント本体の重量が10kg→15kgと1.5倍になり、仕様上の積載重量も9.1kg (20lbs)から13.6kg (30lbs)と1.5倍になる。8インチ反射鏡筒に重いQHY268Cを載せてもこわごわ操作する必要がなくなると期待できる。一方マウントの重さが増えるのはアンチへっぽこ的ムーブであるが、新技術を堪能するためにマウントの限界が見えてきたのであればそれを取り除いて先を見るのもまたへっぽこ的であろう、と踏み切った次第である。
アメリカ国内では品薄且つ高価だったので、イギリスの First Light Optics から購入。またOrion ED80のストックフォーカサーがQHY268Cの重さでずるずる滑ってしまうので、重さに対応したデュアルスピードフォーカサーも。
その成果はどうだったかと言うと、「まあまあ」と言える。ガチが「天体写真にはEQ5では不足、最低HEQ5だ」と言っているくらいだから世界が変わるような違いがあるのだろうと期待したのだが、そんなWow!はなく、その点では肩透かしであった。一方確かに安定性は上がっており、やめとけばよかったと嘆くほどでもない。
- Out-of-the-boxでのガイド精度自体は驚くものではない。しっかり調整されたEQ5とあまり変わらず、オートガイドなしだとそれ以下にすら見える。画質に寛大なへっぽことしては実質的な問題はないのだが、期待が大きかっただけに少々がっかりである。(ただこれが本マウントの性能だと断じるのは早計である。調整を追い込めば改善される可能性はあり、そのポテンシャルは高いと信じたい。)
- 安定性は確かに高い。オートガイドを使っている限り、失敗なく画像を撮り続けてくれるので安心して放置できる。風にも強く、体感的にかなり強い風が吹いていても画像に影響なく驚かされることも多い。
- カメラ込みで10kgを越える8インチ反射鏡筒がそこそこ安心して使える。
- 5kgの重量増加は思いのほか持ち運び可能で、へっぽことしても許容範囲。
- 電源が最低11V必要で、EQ5のように9Vで駆動できない。筆者は怪しいバッテリーに怪しい電圧レギュレーターをかませて使っている。
少なくとも、EQ5とHEQ5との間にガチの言うほどの差異(chasmを越えた感)を筆者は感じず、EQ5でへっぽこ天体写真は十分楽しめると言う見解は変わらない。一方HEQ5の重さがへっぽこ的に許容範囲であることもわかったので、予算がある・重い鏡筒やカメラを載せたい・ワンランク上の安定性や安心感を求めるのであれば、HEQ5もへっぽこ中級向きの十分よい選択肢と言える。Orion ED80クラスの鏡筒ならEQ5でOK、8インチ反射鏡筒クラスまで行くならHEQ5の方がよいと思う。
なお SkyWatcher EQM-35 というモデルも出ておりなかなか人気のようで、EQ5に代わる選択肢になるかもしれない。これはEQ5より下のEQ3の後継モデルだが、大きく改良されているようで、仕様上のキャパシティも10kg (22lbs)とEQ5より若干大きい。一方EQ5の方が作りがしっかりしておりいいベアリングが入っているという話も聞くので、どちらがいいかは何とも言えない。おそらく個体の当たりはずれの要素の方が大きいくらいだと思う。
噂の Rowan Belt Mod
ところでHEQ5には Rowan Belt Mod と呼ばれるギアをタイミングベルトに交換する改造が存在する。主な期待効果はバックラッシュ削減と静音化であるが、ガイド精度が上がったという報告もしばしば上がっており、ものは試しとキットを取り寄せてやってみた。保証?遅かれ早かれいじるんだからどうでもええわ。
結果: 静音効果は素晴らしいが、ガイド精度は変化なし。まぁ悪くならなかっただけよしとしよう。
星野・星座撮影用レンズ: Sigma 18-35mm F1.8 DS HSM Art
せっかくいいカメラが手に入ったのだから、普通のカメラレンズで星野・星座撮影もやりたいと思うのが人情である。しかしNEXで使っていたTamron 18-200mmはQHY268Cでは使えない。ミラーレスカメラ用レンズはバックフォーカスが短すぎるのだ。これは新調するしかない。
キヤノンEFマウント用やニコンFマウント用のレンズであればアダプタを介してQHY268Cに繋ぐことができるらしいので、天体撮影用途で評判のよかった Sigma 18-35mm F1.8 DS HSM Art のニコンGタイプをゲット。キヤノンでなくニコンにしたのは単にAmazonでたまたま安売りしていたから。
届いてみるとQHY268Cに見劣りしないごついレンズで、「これが憧れのSigma Artか!」とテンション上がるやつ。レンズが伸縮しないのでフラット撮るときにフォーカスやズームがずれないのも地味にプラス。
APS-Cで18mmというのは冬の大三角形や夏の大三角形が余裕で収まる視野で、かなり広い。35mmにズームするとその半分、星座ひとつふたつ収めるのにちょうどよいくらい。
ただしレンズの性能をちゃんと引き出すのは結構難しく、奥が深い。そのへんの話を以下に。
絞り調整
カメラレンズには絞りが内蔵されているが、天体写真用カメラからはコントロールすることができない(盲点!)。デフォルトでは最も絞られた状態になっていてどうするのかと思いきや、ニコンGレンズはレンズ後面に小さなレバーがあってこれをスライドすると絞りを開閉できることがわかった。ここに硬質ゴムでも挟んでおけば開放状態で固定することができるし、ゴムの大きさを変えれば開き具合を(大まかにではあるが)調節することも可能である*1。
せっかくの明るいレンズなので開放で使いたいところだが、後述の星像歪み問題を軽減するため、半分くらい(F3.6程度)で使うようにしている。
星像歪み問題
隅々までシャープで優秀と評判のよいレンズなのでさぞ素晴らしい絵が撮れるだろうと思いきや、画像の隅に行くにしたがって星像が米粒あるいは水滴のように伸びてしまい、これがとても気になる。このレンズを普通のカメラで使っている人からそのような報告は上がっている様子もないので、これはレンズの問題ではなく自分の使い方の問題(バックフォーカスが正しく取れていない)と思われる。
へっぽこはそんな細かいことは気にしないんじゃ?と思うかもしれないが、「NEX+Tamronで気にならなかった問題が、それよりはるかに優秀であるはずのQHY268C+Sigma Artで気になる」ということは、自分の使い方に大きな誤りがある可能性が高いのだ。そこは追及したい。
ニコンFマウントのバックフォーカス*2は46.5mmであり、メーカー純正のQHY268C用ニコンカメラアダプターコンボはイメージセンサーがちょうどその距離に来るように設計されている。それでなぜ問題が起こるのだろうか。
1つの可能性は、フィルターを挿入することによる光路長の変化である。IDASの標準フィルター(2.5mm厚)の光路長の伸びは0.84mmらしく*3、これは無視できる量ではない。その分アダプターを延長する必要がある。
そこで補正を加えてアダプターを組み直してみても、やはり星像は伸びたままである。アダプターの長さを0.5mm単位で変えながら実験を繰り返してみると、QHY268C本体またはアダプターの精度に問題があって、仕様書と実際の長さがかなり違うように見える。結局試行錯誤して最もましな位置を探すしかない。
この試行錯誤は手間がかかり、まだ納得行く解は見つかっていない。この手の収差系の問題は明るいレンズほどシビアに出やすいので、絞りを絞ることでなんとかしのいでいる。
ところで、同じバックフォーカス問題はBorg 36EDにも存在する。Borg 36EDのフラットナーのバックフォーカスがSigma Art同様シビアであり、しかもバックフォーカスの情報が公開されていないのである。NEXで使っている分にはメーカー純正のアダプターで何も気にせずシャープな像を楽しめたのだが、QHY268Cに付けるにはアダプターをDIYしてフラットナーを正しい位置にセットしなければならない。そこで、ノギスで実物を測りながらアダプターやスペーサー類を買い込んで再現を試み、なんとか許容範囲に収めることに成功した。
背景ムラとの闘い
ここまで視野が広いと街の灯や月明りによる背景ムラとの闘いが非常に厳しいものとなる。(小さいものを拡大する方が背景の処理は圧倒的に楽である。) 特に18mm側は必ず何らかの灯が入ってしまうので難しく、自然と35mm側を積極的に使うことになる。
この問題への処方箋としてPixInsightのBackground Extractionという機能があり、うまく行けば背景ムラをかなり補正することができる。例えば下はいて座とさそり座が天の川を挟んで向かい合う筆者お気に入りの構図であるが、東側に街の灯が入って残念なことになっており(上)、Background Extractionと気合いで頑張るとなんとか見れるものになる(下)。まぁ万能でも簡単でもないのだが。
デュアルバンドフィルター: IDAS NBZ
散光星雲から来るH-alphaとO-IIIの波長だけを通すバンド幅12nmのデュアルバンドフィルターである。OSC (One-Shot Color)カメラでHOOのナローバンド撮影ができる。特定の波長以外すべて反射するので、見た目はほぼ鏡である。
「見えないものを見る」が是のへっぽこにとって、これは超絶おもしろい。相手がH-alphaやO-IIIで光る星雲である限り、夢だったあれやこれがしっかり写ってくれる。
これがあまりに面白すぎて、本格的なナローバンド撮影をやってみたくなり、遂にモノクロ撮影機材も一式揃えることになってしまった…という話は次回する予定である。
光害カット+H-alpha強調フィルター: LPS-D1 QRO
筆者愛用のLPS-P2(光害カット)とHEUIB-II(H-alpha強調)が1枚になったもの。2枚重ねだとSigma Artの後ろに仕込めなかったので、観念して入手することに。
ところがこの製品、だいぶ前に生産完了しており新品は手に入らない。そこで中古売買サイト Astromart に頼ることにした。何ヶ月かに1回出回るようなので、自宅の常時稼働Raspberry Piサーバから出品を定期的に監視、出たところをすかさず捉えて無事に確保。
入手できたのは玄天QROと呼ばれるフィルター厚の薄いバージョン。IDASフィルターの標準が2.5mmに対して1.1mmとなっており、光路長への影響が小さい、内部反射が少ないといったメリットがある。他のIDASフィルターと厚さが揃わないのは互換性の面で不便でもあるのだが、まぁこんなレアものと出会ったのも何かの縁だろう。
残りのモノクロカメラの話は一大トピックなのでその3に続く。