その2の続き。最後はモノクロ撮影機材のお話である。
へっぽこにとってのモノクロ撮影の魅力
ここで言うモノクロ撮影とは、モノクロカメラで異なる波長(色)の光を別々に撮影し、後で合成してカラー画像にする撮影方法のことである。筆者は「そんな手間のかかるやり方は高感度カメラがモノクロしかなかった時代の名残じゃないか、へっぽこの自分には関係ないぜ」と思っていた。しかしこれは大間違いで、モノクロ撮影にはへっぽこの「見えないものを見えるようにする」というモチベーションを満たす魅力が存在する。まずはそこから説明していこう。
魅力1: ナローバンド撮影ができる
ナローバンド撮影というのは、星雲を構成するガスが出している特定の波長の光だけを捉え、その構造を描き出す撮影方法である。アマチュア天体写真の世界では、ナローバンドと言えばデフォルトでS-II, H-alpha, O-III の3波長(あるいはその一部)を撮影してRGBにマップすることを意味する場合が多い。
S-II, H-alpha, O-IIIをRGBにマップする方法として、SHOパレットあるいはハッブルパレットと呼ばれる方法が存在する。下記のハッブル宇宙望遠鏡が撮った有名な写真がそれで、へっぽことしては「これは一体どうやるんだ、自分でもやってみたい」と探求心をくすぐられるものがある。
ハッブルパレットのやり方自体は単純で、下図のようにS-II, H-alpha, O-IIIをそれぞれR, G, Bにマップする。人間の目にはS-IIとH-alphaは同じ赤であるが*1、これを分離して別の色として表現できるのはナローバンドならではの面白さである。
ナローバンド撮影には基本的にはモノクロカメラを用いる。カメラの前にバンド幅が数nm~十数nmという狭いフィルターを置いて各波長を別々に撮影し、上記のハッブルパレットあるいは別のやり方でRGBに合成する。
以下は同じターゲットの可視光版とナローバンド&ハッブルパレット合成版を並べたものである。ナローバンドが同じものを全く異なる視点で見るものであり、「見えないものを見えるようにする」へっぽこ天体写真のひとつのかたちであることがわかると思う。
また、ナローバンド撮影は光害に強いという性質がある。街に住むへっぽこは普通のRGB撮影よりナローバンド撮影の方が面白い、追及し甲斐があると思うかもしれない。そちら方面に行くなら、カラーカメラを投げ捨ててモノクロ撮影一本に絞る道もあるだろう。
疑問: カラーカメラでナローバンド撮影はできないのか?
答は「できないことはないが、効率が非常に悪いので普通はやらない」である。前回「IDAS NBZフィルター(とカラーカメラ)でのナローバンド撮影が超絶面白い!」という話をし、それがまさにモノクロ撮影に手を出すきっかけだったのだが、あれは「H-alphaとO-IIIの二色刷りくらいであればカラーカメラでも制限付きでできる」という少々特殊なケースと言える。SHO三色刷りや、時間効率を最大限に上げたいなど、本格的にやるにはやはりモノクロなのである。
というのは、モノクロカメラが飛び込んで来る光子をセンサーの全画素使って全力で数えるのに対し、カラーカメラはセンサーの前にべイヤーフィルターという格子状のフィルターが付いていて、各画素がRGBどの色を担当するのかが固定されているからである。例えばQHY268Cのセンサーは各色次のような反応特性になっている。
ここにS-IIやH-alphaの光をぶつけても、Rの画素だけが反応し、GとBは反応しない。O-IIIをぶつけると、GとBが約半分ずつ反応し、Rは反応しない。つまりカラーカメラを単波長のナローバンド撮影で使うと、光子を数えるのが仕事であるはずのセンサーが全体のおよそ1/3しか働かない=同じ結果を得るのにモノクロカメラの3倍の時間がかかるということだ。もともと入って来る光子が少なく時間のかかるナローバンド撮影において、モノクロカメラだと1時間のところカラーカメラだと3時間かかる、と言われたらどちらを使うかは明らかだろう。
魅力2: LRGB合成ができる
LRGB合成とは、モノクロカメラを使って普通のRGBカラー画像を撮る方法のひとつで、輝度情報(L)と色情報(RGB)を別に撮って合成するものである。人間の目は輝度の変化には敏感だが色の変化にはそれほどでもないという性質を利用して、輝度情報を頑張って取って色情報はそこそこに抑えることで、同じ時間でディテールの多い(と人間の目には感じる)画像を撮る、という狙いだ。ひとつのターゲットにかける時間をなるべく短くしたいへっぽことしては、もしこれでカラーカメラの効率を越えられるならモノクロ様万歳!である。
原理は単純で、L/R/G/Bの4枚のフィルターを使って、輝度を表すL画像(普通の白黒写真と同等)とR/G/Bの各色成分を別々に撮影し、後処理でL画像から得られた輝度とR/G/B画像から得られた色情報を合成する*2。
L画像の撮影時は色に関係なく目に見えるすべての光子を透過させ、モノクロカメラの強味である「全画素使って全力で数える」を行うので、同じ時間で集められる輝度情報はカラーカメラより多くなる。光子の数で言えば、カラーカメラが30分で数える光子をモノクロカメラ+Lフィルターであれば約10分で数えられる勘定である。
LRGB合成のメリットを生かすには「L画像になるべく多くの時間を費やして輝度のディテールを捉え、RGB画像は人間の目に違和感ない範囲で最小限に抑える」という方針になると思うが、どの割合が最適かについて正解やコンセンサスはないようだ。半々という人が多いようだが、結局はターゲットや好みに大きく依存する。「自分は銀河のような構造を重視するターゲットが多いのでL画像の方が多い」という人もいれば、「そもそもLRGBは色褪せた感じになるのが嫌、RGBだけで撮った方がいい」という人もいる。
筆者自身はLRGB合成はまだ数枚しか試していないが*3、確かにZTF彗星のイオンテールなど、露出時間のわりに構造がよく写る印象である。
へっぽこのモノクロ撮影機材選び
以上、モノクロ撮影に興味が持てたところで具体的な機材の話をしよう。モノクロカメラ、電動フィルターホイール、フィルター一式の三点セットが必須である。
Cloudy Nights での議論や各種製品情報を参考に、へっぽこ中級がモノクロ撮影を始めるための機材の選択肢を、キーとなる選択項目と、"cry once" オプション*4および一段グレードを落としたひよりオプションという軸で整理してみた。ひより版のさらに下によりチープなオプションは存在するが、へっぽこ中級向けとしては考慮しないものとする。
Cry onceオプション | ひよりオプション | |
---|---|---|
カメラ |
QHY268M or ASI2600MM Pro (APS-C) |
QHY533M or ASI533MM Pro (11.31mm x 11.31mm) |
フィルター径 | 36mm (APS-Cをカバー) | 31mm or 1.25" |
フィルターメーカー | Astrodon or Chroma | Antlia or Astronomik |
NBフィルターバンド幅 | 3nm | 5nm以上 |
重さ | 重い(1.5kg~2kg) | まあまあ(~1kg) |
価格 | めっちゃ高い | 普通に高い |
カメラ
今までSony NEXやQHY268Cを使ってきて、センサーサイズはやはりAPS-Cの広さが欲しいし、感度やノイズまわりの性能的にはIMX571が欲しい。となるとcry onceオプションはQHY268Cのモノクロ版である QHY268M か、競合ZWO社の ASI2600MM Pro である。価格は$2000級。
このcry onceオプションには重さの問題があって、カメラ本体とフィルタホイールを合わせるとおそらく1.5kgを越える。カメラが重くなると予期せぬ問題がいろいろ出ることはQHY268Cで学んだので、これはちょっと嫌な予感がする。価格でcry once、重さでcry foreverになってしまっては元も子もない。
一方のひよりオプションは、IMX571の弟分であるIMX533センサーを搭載した QHY533M か ASI533MM Pro である。センサーサイズは四辺が11.31mm(APS-Cの幅の約半分)の正方形、感度やノイズは仕様を見る限りIMX571に対して遜色ない。価格は$1000級とcry onceオプションの約半分。センサーサイズが小さいとフィルター径も小さくて済むので、全体の価格や重さに効くことにも注目である。重さはASI533MM Proが500gを切る超軽量設計、QHY533MはQHY268Mと同等である(筐体が同じなのだろう)。
へっぽこの選択: 軽さが決め手でASI533MM Pro。今回初めてのモノクロ撮影であり、重い機材のせいでその面白さを体験する前に嫌になるようでは意味がない。センサーサイズの小ささは、Wow!度が犠牲になるのは確かだが、実は背景のムラや画面隅の像の歪みなどに気を遣わずに済むというメリットもあり、モノクロ撮影の肝を最短距離で体験するにはむしろ適当と言うこともできる。
QHYCCD vs ZWOのお話
ところで、QHY268/533を出しているQHYCCD社とASI2600/533を出しているZWO社は競合関係にあり、両社のカタログを見ると同じセンサー・同程度の性能・同程度の価格の対抗モデルがラインナップされていることがわかる。結局どちらがいいのかというのは超FAQであるが、明確な優劣はなく(所詮センサーが同じなら基本的な撮影能力は同じである)、QHYCCD社の方がハードの作りがいい、ZWO社の方がソフトウェアや周辺機器のエコシステムが充実している、というのが巷の評価である。筆者も両方使ってみてまったくその通りだと思うが、敢えてへっぽこタイプの人に勧めるなら、とっつきやすい、ハードが比較的コンパクトで軽い、ASIAIR のようなガジェットもあるという点で僅差でZWO有利と言ったところか。一方ZWOに全体的に漂うちゃちさはイマイチでもあるので、最終的には好みで選ぶしかないだろう。
フィルター関係
フィルター径
フィルター径には 1.25" / 31mm / 36mm / 2" / 50mm といった種類がある。センサーのサイズに対して十分な大きさのフィルターを用意する必要があり、APS-Cサイズには36mm、IMX533サイズなら31mmまたは1.25"が必要らしい。必要サイズをちゃんと計算したければこういうツールを使う。
フィルターサイズが大きくなると価格が高くなり、フィルターホイールの選択肢にも若干影響する。
Cloudy Nights等のフォーラムだと「今は必要なくても36mmにしとけ、そのうちカメラをAPS-Cにしたくなったときに後悔しなくて済む、cry once!」とよく言われる。
フィルターメーカー
フィルターメーカーを選ぶ=クオリティと価格を選ぶことである。近年の格付けは、AstrodonやChromaがトップノッチ、AntliaやAstronomikが中堅、その下にZWO等の初級用、という感じらしい。トップクオリティのフィルターは像がクリアで劣化がない、ハロやゴーストがまったくない、といったさすがの違いがあるそうだ。
また、フィルターはできれば同じメーカーで揃えた方がよい。フィルターの厚さや材質によって光路長に影響が出るのだが、同じメーカーのセットだと光路差を揃えている(parfocalになっている)ことが多く、フィルターを切り替えたときのフォーカスへの影響が少なくなる。
ナローバンドフィルターのバンド幅
バンド幅(フィルターが通す波長の幅)は12nmから3nmくらいまであり、各メーカー何通りかのラインナップを持っていることが多い。一般にバンド幅が狭い方が光害に強く*5、価格が高い。H-alphaやS-IIの波長には光害成分が少ないので、O-IIIは妥協なく3nmにし、H-alphaやS-IIは5nmにして節約する人もいる。
フィルターホイール
カメラに触らずにフィルターを切り替えるため、電動フィルターホイールを使うのが普通である。USBでPCに接続し、撮影ソフトウェアから操作する。撮影ソフトウェアの方では画像ファイルにどのフィルターで撮ったかが自動的に記録され、後処理の際に自動で分類されるなど、機器とソフトウェアおよび撮影ワークフローとの統合が高度に進んでおりへっぽこ的にはアガる。回転時に構図やフォーカスがずれないよう動作は非常に静かで、本当に動いているのかわからないくらい。
フィルターホイールの選択肢は、カメラとフィルター径が決まればそれとマッチしたメーカー推奨のモデル*6がおのずと絞られるので、あまり悩む必要はない。格納できるフィルターの数は5や7などあるので、SHOナローバンド撮影とLRGB撮影両方やるつもりなら7連装以上を選ぶこと*7。
価格&へっぽこの選択
ここで "cry once" が実際どのくらい痛いのか、Agena Astro の価格を並べて見てみよう。Chromaの3nmで揃えるととんでもないことになることがわかる。
36mm | 1.25" | |
---|---|---|
Chroma LRGB | $825 | $525 |
Antlia LRGB | $360 | $300 |
Chroma SHO |
3nm: $2325 ($775/ea) 5nm: $1860 ($620/ea) 8nm: $1065 ($355/ea) |
3nm: $1725 ($575/ea) 5nm: $1380 ($460/ea) 8nm: $825 ($275/ea) |
Antlia SHO |
3nm: $930 ($310/ea) 4.5nm: $675 ($225/ea) 7nm: $474 ($158/ea) |
3nm: $765 ($255/ea) 4.5nm: $555 ($185/ea)
|
へっぽこの選択: Antliaの1.25"で揃え、ナローバンドは3nmを目指す。
- へっぽこはハロのない完璧な写真は求めないので、AstrodonやChromaを目指す必要はない。ZWOのようなチープなものだとあからさまなゴーストが出たりするらしくそれは避けたいが、Antliaはそういう話は聞かないのでおそらく大丈夫。
- 光害地で「見えないものを見る」を存分に楽しみたいので、ナローバンドフィルターのバンド幅には惜しまず投資する。
- フィルター径は、この軽量8連装フィルターホイール(わずか400g)を使うために1.25"に決定。ここは36mmのcry onceオプションも捨てがたいが、Astromartにタイミングよく中古が出たというのもあり、初めてのモノクロ撮影技術を100%楽しむため軽さに振り切った構成に。
Astromart はいいぞ!(ただし北米限定)
結局、上記のモノクロ撮影機材はすべて天文関係中古売買サイト Astromart で入手した。有料会員制で、ちゃんとしたものがいい値段で出品されており、決して格安ではないものの取引の安心感はかなり高い。出品されているものをブラウズするだけでも面白いし、機材や価格相場の勉強にもなる。会員料金は年間$15。
ただし取引はCONUS(北米大陸)限定というものが多い。日本からではちょっと難しいが、アメリカやカナダに住んでいたらお勧め度は高い。
へっぽこナローバンド撮影の例
結論から言うと、ASI533MM Proの能力は(画角が少々小さいことを除いて)素晴らしい。
光害地の自宅から各30分で撮った以下の画像を見て欲しい。ガチのナローバンド撮影は何時間もかけるのが当然とされる中、SHOそれぞれ10分というのは冗談かと思うくらい短いのだが(これぞへっぽこ流)、それでも強引な画像処理に耐えてこのくらい見せてくれる。対象によってSHOの構成が全然違うのが面白く、こういうのを「観測」できるというだけでもモノクロへの投資はへっぽこ的に大正解であり、それも一重にこれほどの高感度・低ノイズのカメラがへっぽこの手に届くようになったおかげである。技術革新ばんざい!
*1:肉眼ではほとんど見えないのだが、一応可視光の波長の範囲らしい。
*2:具体的にはL*a*b*色空間におけるL*をL画像から、a*b*をR/G/B画像から取ってきて組み合わせるという計算を行うらしい。
*3:モノクロ撮影はナローバンドの方が圧倒的に楽しいので。
*4:「後で後悔しないよう最初からいいものを買っておく」ことを英語で buy once, cry once と言う。Cloudy Nightsでフィルター関連スレッドを見るとみんなやたらと "cry once" 言ってる。
*5:広い方にもメリットは幾つかあるが、遠い銀河の赤方偏移だとかN-IIだとかかなりマニアックな領域なので、光害地で撮る人は単純に狭い方がよいと思って構わないだろう。
*6:推奨モデルを使っておくとバックフォーカス調整とかが楽になる。
*7:フィルターの入れ替えにはフィルターホイールの分解が必要で、撮影のたびに交換するようなものではない。